6月10日(月曜日)第3日目

6時にはKさんはテラスでタバコを吸っていた。朝の気温は16度、赤道に近いというのに寒々しい。日の出時間は日本より4時間くらい遅くなる。午前7時でも仄暗い(クアラルンプールは地理的にはかなり西に位置しているが、ビジネスアワーを香港やシンガポールと合わせ、日本との時差は-1時間に定めてある。そのため日の出・日の入りが遅く、朝は7時でも真っ暗で、夜は7時半でも薄明るい。これは1年を通じてほとんど変わらない)
「お早う御座います。いつも早いですね」
「早くないよ。日本時間じゃ7時だよ。今日も雨が降るのかな?」
私は日課のミニ体操の後、荷物の整理。6時半に食堂へ行くとオープン前で、ウエイターが来て7時からだという。Kさんはホテルの周りを歩いてくると言うので、私は部屋に戻って日記を書くことにし、7時に食堂の前で合流することにした。
2日もバイキングが続くと、普段朝食は食べないせいもあって、余り食欲がない。具を何も入れない卵焼きと、果物はマンゴー・西瓜、パパイヤのジュース・紅茶でフィニッシュとした。Kさんはしっかり食べる。見ていて頼もしく思った。トイレ調整もすまし、出発まで時間があるので、ホテルの周りをカメラを持って散策した。朝食前にKさんは一人で歩いてきただけに、裏庭に出るのに工事現場の間を潜り抜け、噴水の所まで連れて行ってくれた。ロビーに戻る途中で高杉母娘とばったり会った。裏庭にはどう行けば良いのか尋ねられ、Kさんが案内してあげていた。このホテルは丘の頂上に建てられているから、キャメロンハイランドの街の全景が見下ろせた。昨日甚兵衛での観光は、炎天下の観光では丁度良かったが、いかんせんバスの中が寒すぎた。それに懲りて、今日はTシャツを着て、その上に大島紬のあい着の作務衣を着た。いつ雨が降ってくるか分からないので、今日からはスニーカーを履いた。
皆さんが海外旅行のベテランのようで、定刻の9時30分にバスは出発した。私達は一番最後に乗り込んだ。一番前の席は万が一の予防に空席にしてある。前から2番目の席しか空いていなかった。遠慮したつもりが一番良い席に座ることになり、ちょっと後ろめたさを感じた。
「改めましてお早う御座います。手元にパスポートがありますか? 忘れ物はないですか? 今なら間に合いますから良くチェックして下さい。今日の観光はキャメロンハイランドの街中観光です。最初にキャメロンハイランドのいちご畑に御案内します。この地方のいちごは特産品のひとつになっています。日本のいちごより小粒です。それは大きくなる前に採ってしまうからです。すぐに食べないとすぐに黒ずんでしまいます。翌日まで持ちません。新鮮が売り物です。これから参りますタナラタ地区の山道沿いの所々にイチゴ農園や、イチゴグッズを扱ったみやげ屋が沢山あります。イチゴで造ったジャムも、イチゴ農園やみやげ屋で売っています。店内にはいちごの帽子、クッションやバッグ、キーホルダー、Tシャツ、文具、アクセサリー等々のイチゴグッズで溢れています。いちご農場へ行く前に、車を降りた所にある野菜市場に御案内します。この市場は現地の人のための市場ではありません。遠くから車で来る人が、此処で新鮮な野菜を買っていくのです」
バスを降りたT字路の両側が野菜市場である。色鮮やかな野菜が目に飛び込んでくる。黃さんが店の売り物を手にとって一つ一つ説明してくれる。どの店にもいちごが山と積まれていて、店員がパックに詰めている。串に5個のいちごを刺したのを、壺の中のどろどろのチョコレートに突っ込み売るのやら、自家製のいちごジャムなどをリゾート地に向かう客が買って行くのだそうだ。野菜売り場の向かい側の店は果物や漢方薬、生花を売る店が並んでいた。

そこに白い“芋虫”みたいな物があった。〔冬中草〕と書かれている。1kg・20RM(700円)の値段が付いている。黃さんの説明によると、
「これをチベット人が大量に買い付けに来ます。冬虫夏草の元になります。〔冬虫夏草〕は中国の高原にわずかに生息するキノコの一種であり、中国では古くから薬草として用いられ、宮廷において[強精強壮・不老長寿の妙薬]として珍重されてきました。青海省、四川省を中心に、雲南省、甘粛省、貴州省など海抜3,000mから4,000mの高山地帯の草原の地中に冬虫草を埋めると、地中にトンネルを掘って暮らす大型のコウモリガ科の蛾が卵を産み付けます。冬虫草に菌が感染すると、菌がゆっくり生長し幼虫は約4年で成虫となり、幼虫の中で徐々に増えた菌は、春になると幼虫の養分を利用して菌糸が成長を始め、夏に地面から生え出ます。地中部は幼虫の外観を保っており冬虫夏草の姿となります。現在では超高価で1kg・100万円もします。高麗人参が1kg・10,000円位ですから、いかに冬虫夏草がバカ高いか判るでしょう」冬虫夏草が漢方の生薬や中華料理の薬膳食材として珍重されていることは知っている。難しいことは良く分からないが、あんなに珍重されるものが、こんな植物から出来るとは思いもよらなかった。
いちご農園に行く途中で、屋台の蜂蜜屋があった。黃さんとは昵懇の間柄のようで、
「此処の蜂蜜は混じりっけのない純粋の蜂蜜です。他の店のビンの蓋は密着していないから、スーツケースに入れたりするとこぼれます。この店は店主自らが機械で蓋をしますから絶対にこぼれません。私のツアーのお客さんには特別サービスをしてくれます。農園を見学した後、帰りにお土産にどうぞ。他の店の蜂蜜は水飴が混ぜてありますから、此処で買った方が良いと思います」と、なかなかの商売上手である。
小山に囲まれた窪地にいちご農園が沢山あった。私達が急な坂を下って見学したハウスは2段の棚(30列ぐらい)の両側に鉢植えのいちごが30m位の長さに並べられていた。給水に工夫を凝らしてあるにしても、摘み取り作業が大変だろうと思った。見学の後はバスを降りた道路まで戻る。途中に泊まっていたトラックは40年前のもの、この国には車検がないからポンコツになっても大事に乗りこなしている。来たときの店でツアーの人達が蜂蜜を買っていた。2ビン買うと小瓶に入ったジャムがお負け。Kさんは考えていたが結局買わなかった。マレーシアのギャルが私のカメラにポーズをとってくれた。

バスが来るまで黄さんのガイドが続く
「[タナラタ]は1年中気温が18~24℃と涼しく、赤道近くとは思えない常春の地です。豊かな自然の中に、味の良さで世界的に知られるようになった紅茶園や野菜畑、ローズガーデンをはじめとする花園が点在します。タイのシルク王、アメリカ人ジム・トンプソンが行方不明になった地としても知られ、この事件を題材に長編推理小説[熱い絹]を書いた作家・松本清張は『そこにはゴルフ場があり、ホテルがあり、別荘がある。軽井沢とよく似ている』と書いています。気候の良さと物価の安さ、治安が良いため、ここ数年、この地で長期滞在をする日本人が増えています。ここで長期滞在をしながら、地元の人たちとの交流を深め、国際親善、国際協力に寄与しようという目的で4年前にNPO法人キャメロンハイランドクラブが設立しました。会員数は現在約500人ぐらいです。日本が寒い1~3月、暑い盛りの夏7~9月のそれぞれ3か月間申し合わせてやってきます。ボランティアで現地の人たちに日本語を教える教室を開いたり、7月には盆踊り大会を催し、現地の人々と交流を深めています。長期滞在者は全体で1,300人ぐらいです。過ごし方は日本人同士だけが集まって一日中ゴルフ[プレー料金は週末で80RM(2,800円)、平日は50RM(約1,750円)、56歳以上は42RM(1,470円)で、しかも1日中まわり放題。キャディ・手引きカート料金は別途料金]とテニス、麻雀、ゲーム等をして過ごしています。キャメロンハイランドには、リングレット、タナラタ、ブリンチャンの3つの街があります。長期滞在者が多いのはタナラタで、昨日泊まったヘリテージホテルの前に建つグリーンヒルアパート(ベットルームが3つあり、リビングも20畳もある広さ)に日本人の滞在者が沢山住んでいます。1か月の家賃は約1,800RM(約63,000円、光熱費込み)です。炊飯器や冷蔵庫、最小限の食器も揃っています。野菜はほとんど日本と同じものが手に入り、魚も高原とは思えないほど豊富にありますが、日本人滞在者も街まで15分ほど歩いて3食外食する人がほとんどです。中華料理、インド料理、西洋料理のどれも日本人の舌に合わせてあり、美味しくて安いです。たいていの店に日本語のメニューがあります。長期滞在をするにはマレーシアの銀行に100,000RM(350万円)以上の定期預金が義務付けられます。家の購入、医療費、同行した子供の教育費以外は引き出せません。滞在2年目以降上記の目的のみ引き出すことは可能ですが、必ずマレーシア滞在中は口座に100,000RMを残す必要があります。金利は7%ですから損にはなりません」
バスで10分ほど戻りタナラタの中心地・繁華街の散策となった。道路より1mほど高い歩道は登りになっていて、その右側が土産屋、レストラン商店が連なっている。登り切ったところに無料のサボテン園があった。何のことはない、花やサボテンの鉢植え等を売る大きな植木屋だった。確かに種類数は豊富であった。20分の見学時間をくれたので、小さい鉢の、花の咲いたサボテンや、直径5cmぐらいで高さが2mもある棒のようなサボテンなどを撮影していたら、シャッターが下りなくなってしまった。表示パネルをみるとバッテリーマークがゼロになっていた。成田空港で買った電池だが使用推奨期間を確かめず買ってしまった。長い間売れずに吊してあったものらしく、半分ぐらい放電してしまったものらしかった。200枚撮影できる予定が、70枚で電池切れになってしまった。「こりゃ参った困った」と思ったら、このサボテン園には売店コーナーがあった。そこに黄さんがいたので、
「アルカリの単三の電池、置いてありますかね?」と聞いてみた。すると店員が2種類の電池を持ってきた。ともにアルカリ単三1.5Vだが、AAマークは米国のアルカリ単3電池の表示でEVOLTAという電池だった。従来のアルカリ電池の1.5倍近く長持ちし、世界で初めて使用推奨期間10年を実現したものだという。値段は6本で55RM(1,855円)とえらく高かった。黄も
「私は同じアルカリ電池でパワーが1.5倍もある電池を初めて知りました」と感心していた。本格的な旅行を始めた二日目に飛んだアクシデントがあったものである。ここで電池を買えたのも不幸中の幸いだった。たぶん最終日まで、この電池で持つだろうと確信した。売店で缶ビールも売っていた。ツアーの御婦人達が嬉しそうに缶ビールを買っていたので、すかさずKさんと私も買った。350ml入りが1本8RM(280円)Kさんはバスの中でも飲むのだと2本買っていた。
またバスに乗り、街の中心から山道を15分ほど走り紅茶園へ移動した。
「この辺りは標高1,300~1,800mに40kmに渡って広がるマレーシアの最大の高原リゾート地で、英国統治時代に避暑地として知られるようになり、肥沃な土地と気候からマレーシア最大級の茶畑が開かれました。その中のひとつにBoh Teaプランテーションがあり、この農園の中心地にバスが着きます。広大な紅茶畑に囲まれた丘陵の一角に紅茶工場と紅茶喫茶があります。あたり一面は紅茶畑でその規模の大きさに驚きます。今日は工場見学はいたしません。紅茶喫茶で紅茶のサービスがあります」
丘の上にカフェがありテーブルと椅子が並べられている。ここから広い茶畑が見下ろせ、茶畑を散策することもできる。マレーシアでの紅茶のブランドはBoh Teaが有名だが、これは輸出用でマレーシア国内、ここの売店では買えないという。奥にトイレがあり、その手前に売店があった。ここの紅茶の製品は全てイチゴのデザインで、この茶畑でとれた紅茶のみを販売していた。黄さんが自ら紅茶を運んでくれた。カフェからは紅茶畑全体が見渡せる。

日本の茶畑のような美しさはなく整然さもない。Kさんが畑へ下りたようなので、私も20mほど下りてシャッターを切っておいた。人様にご覧に入れられるような風景ではなかった。
昼食は宿泊したホテルへ戻っての[きしめん料理]ということだった。ボーイが運んできたのは[ビーフン]の細いやつで、野菜で混ぜて炒めたのと鶏肉を混ぜて炒めた2種類が出ただけだった。350ml缶ビールが15RM(525円)、珍しいことにKさんも注文していた。
「サボテンの店で買ったビールはどうしたの?」
「バスの中で飲んじゃったよ」御立派でいらっしゃる。
食後はホテルのロビーに吊された14の旗と、3枚の大きな写真の説明があった。
「現在のマレーシアは過去の小王国(首長国)の集合体によって構成されました。スルターンはイスラム世界における首長国の首長のことで、ここでいうマレーシア国王はアゴンと呼ばれています。マレーシアの国王が他国の君主制と大きく異なる点は、任期を設けた輪番制となっているところです。アラブ首長国連邦のシステムに似ています。マレーシアを構成する13の州のうち、スルターンが存在しない4つの州を除いた、9州(ジョホール・クダ・クランタン・ヌグリ・スンビラン・パハン・ペラ・プルリス・スランゴール・トレンガヌ)のスルターンによって輪番を繰り返します。任期は5年です。現在の国王は第14代クダ州の王、トュアンク・アルハジ・アブドル・ハリム(84歳)で2011年12月13日に就任式が行われ、5年間の任期に就かれました。この国王は今回で歴代初の2回目の国王に就かれました。真ん中の写真がそうです。隣が皇后、その隣の人はこのパハン州のスルターンです。国王の脇に下がっているのはマレーシア国旗です。そしてロビーの廻りに下がっている旗は13州の州旗です」
ヘリテージホテルを出発したバスはクアラセランゴール(170km・3時間)へ向かう。
「マレーシアにおけるアジアハイウェイ路線は、1993年のネットワーク見直しで、半島マレーシアの西海岸および東海岸の南北軸2本に集約され、東マレーシアに設定されていた路線は廃止されました。今走っている南北高速道路の開通により、マレーシア国公共事業省は、AH2ルートの大部分を南北高速道路経由に変更すること、ならびに東海岸のAH18号線はジョホールバルまで延伸されました。これら2本のアジアハイウェイ路線はすべて2車線以上の舗装道路となっており、特にAH2号線は、ほぼ全線高速道路経由(タイ国境付近の一部有料道路区間を除く)となっています。マレーシアの道路整備に対する日本の援助は開発調査が中心でした。南に下るとシンガポールに繋がり、北に登るとタイを経由して、何処まで繋がっていると思いますか?」
「中国を経由してモスクワまでですか」私が答えると
「いえいえもっと先です。ヨーロッパを縦断しアフリカまで1本の道路になりました。マレーシアは戦後石油や天然ガス等の天然資源に恵まれた国となりました。経済発展の進捗に伴って既に中進国の仲間入りを果たしており、日本の援助に関しても1990年を境にして減少傾向に転じました。しかし、97年以降の通貨・経済危機による経済困難の影響を踏まえ、日本は1998年2月以降は、人材育成支援のための緊急無償援助を実施して下さいました。マレーシアは2020年に先進国入りを目指しております。眠くなってきましたか? ガイドはお休みにします。途中でトイレタイムを取ります。約1時間20分先です。お昼寝タイムと致します。お休みなさい」
クアセランゴールには午後5時過ぎに到着した。まだレストランが開かないというので、食堂の後ろのほんの入り口からアブラ椰子の林を見学した。あまり中に入ると蚊に刺されるので、とば口に立ち、黄さんからあぶら椰子の実の説明を聞いた。

50kg以上という椰子の実の固まりを見た。年に2回の収穫が出来るというのだから、まさにRM箱である。
午後6時を過ぎても外はまだ明るい。先に夕食の海鮮料理を食べて暗くなるのを待つことになる。海鮮料理と言うが、エビは川エビだし、揚げ物の魚も川魚で、その他は近所の草むらから取れた野草の煮物など、どちらかというと中国料理だった。350ml缶ビールは街のレストラン並みの15RM(525円)だった。御飯はぼそぼそ、あまり美味しくないし、食堂の中は蒸し暑い、さっさと食事を済ませ外に出た。ファイヤーフライ(蛍)リゾート入り口にホタル見学の客目当ての土産屋が6店舗ほどオープンした。ホタルが見られるのは7時30分過ぎだという。土産屋をひやかし時間をつぶした。クアラセランゴールは海に近いせいか、海産物や漁村で生産される水産加工品が売られていた。黄さんがチケットを買いに行き、全員揃ってゲートをくぐる。ボート乗り場まで300m程歩いて、乗り場付近で待機となった。食堂で虫除けスプレーを塗っていた人もいた。Kさんが露出部分に塗る薬を塗ってくれた。私は蚊に好かれる体質なので、作務衣を着て防衛とした。船に乗る前に規則だからと全員がライフジャケット(救命胴衣)を着用させられた。気温が高いところにこれは地獄の思いだった。足下のおぼつかない緩い傾斜の階段を下り、船着き場の桟橋に着いた。4本の柱に支えられた屋根付きの船には12から15人が乗れ、桟橋の廻りに10数艘が係留されている。他の団体とごちゃ混ぜになったが、Kさんとは同じ船に乗れた。ホタルが棲息するこの川はスランゴール川という。
この川沿いにマングローブ(ハマザクロ科マヤブシキの仲間)が多く茂っている。マレー語でブルンバンと呼ばれるこの木の花蜜を求めて、ホタルが葉に集まってくる。幼虫もまた川の近くにいる貝などをエサにしており、この種のマングローブの川岸のみにホタルが生息ている。
黄さんの話によると、
「自生したマングローブの木にしかホタルは集まりません。人間が植えたマングローブにはホタルは来ませんから、ホタルが光らない木は人間が植えたマングローブです。ホタルの仲間は全世界に2,000種ぐらいありますが、その多くは熱帯産です。ここで見られるホタルは、学名でいうとペトロプテックスという種で、日本の源氏ボタルや平家ボタルより小さいく、それぞれの個体の寿命は3ヶ月程度です。次々に世代交代していきますので、一年中いつでも見ることが出来きます。光を放つのは雄だけです。同期を取って一斉に光ります。この光は、ホタルの体内にあるルシフェリンと呼ばれる発光物質が発光酵素のルシフェラーゼの触媒作用によって化学変化を起こして生じるもので、電球などの熱放射とは異なり、冷光(ルミネセンス)です。電球では使われたエネルギーのうち、光になるのはたかだか10%程度ですが、冷光はとてもエネルギー効率が良くて、なんと使われたエネルギーのほとんどすべてが光に変わるのです。つくづく生物の身体はよく出来ているものだと思います。葉に止まって発光しますからあまり飛び交いません。注意することが二つあります。声を出さないでください。ホタルは何処かへ飛んで行ってしまいます。写真を撮る際にストロボ等を炊かないでください」だそうである。
船は電動式らしくほとんど無音でなめらかに、マングローブの生い茂る岸辺に近寄りゆっくりと川を進んで行く。辺りが段々暗くなり、ホタルがわづかずつ点滅し始める。デジカメでホタルの閃光を撮ろうとシャッターを押したけれど明るさが足りない。動いている船からスローシャッターで撮影しても何が何だか分からないだろうから諦めて、この厳かで幻想的な光の情景をしっかりまぶたに焼き付けることにした。ホタルの光は遠くから見ていると白い光に見える。だが、船が近づいたときによく見ると、黄緑色の光だった。これが本当の蛍光色というのだろう。漆黒の闇にホタルの仄かな青白い光(全体的にはそう見える)が、ひとかたまりの木に数千の光を放ちまたたき、点滅のショーを繰り広げる。その数の多さに普通なら感嘆の声を発するところだろうが、シーンとしていて誰も声を出す人がいないのが面白かった。15分ぐらい進んだところで船はUターンして桟橋に戻った。桟橋は明るく照明され階段も難なく登れた。暑苦しかったライフジャケットを脱ぎ、バスに戻ってクーラーにほっと一息を付いた。
オラウータンには逢えなかったけれど、スランゴール川のホタルを見られたから、今回のマレーシア旅行目的はほぼ達成と言うことだ。
バスはクアラルンプールへと向かう。約80km・2時間15分掛かるという。渋滞に巻き込まれずスムーズにクアラルンプール市内に入ってきた。
「クアラルンプールは一日中渋滞しています。今日はラッキーでした。思ったより早く市内に入れましたので、明日夜の観光予定のペトロナスツインタワーの夜景(ライトアップ)見学をこれから済ませたいと思います。その分明日の観光は早い時間に終えることができます。明日の観光後は、マレーシアチャイナタウンの夜店見学と、通信塔としては世界第4位の高さ (421m)で、東南アジアでは最も高い地上276mの展望台にエレベーターで上るクアラ・ルンプール・タワー(KLタワー)見学、それに45分の足裏マッサージが付くオプショナルツアーを御用意いたしております。日本円で5,000円です。参加希望の方は明日の昼頃までに御返事下さい」とまあしっかり営業も忘れない。
「どうしますか? オプショナルツアーに行きますか? 5,000円はちょっと高いけどね」
「足裏マッサージなしでもいいんなら行っても良いけど」
「黄さん足裏マッサージ抜きだと幾らなの?」
「4,500円です。マッサージ抜きでもホテルに戻ってくる時間は一緒になります」
「マレーシアなんか滅多に来ないでしょうから、Kさんが行くなら私もお付き合いします。足裏マッサージも軽く揉んで貰えば気持ちが良いですよ」
「それじゃあ参加しましょう。黄さんこれ二人分ね」Kさんが代金を立て替えておいてくれた。バスは車で混雑する市内をツインタワー目指してのろのろ進む。黄さんの説明が続く
「これから見学するペトロナスツインタワーは、1998年に完成したクアラルンプールにある超高層ビルです。地上88階建てで、アンテナを含む高さは527m、世界で一番高いツインタワーです。

KL(市内中心部に位置する開発地区・クアラルンプール・シティ・センター(Kuala Lumpur City Centre)の頭文字を取ってKLCCと呼ばれる一帯)のシンボルの一つです。ツインタワーを中心にショッピングセンターやホテルやビルが立ち並ぶ地区です。この塔はイスラム教の[5柱]からインスピレーションを得たイスラム様式で、マレーシアのモスクに似せて作られており、特徴的な尖塔を持つ近代イスラム建築でもあります。41階に架けられたスカイブリッジと86階の展望デッキへの入場が可能です(定員制限で1日100人程度)。20世紀の超高層ビルとしては台湾の[台北101(509m)]に次ぐ高さです。ただし、二本のビルが対になっているツインタワーとしては依然として世界一の高さを誇っています。マレーシアの国立石油会社ペトロナスによって建築されました。設計はアルゼンチンのシーザー・ペリ&アソシエーツ両氏が担当しました。ペトロナスは日本のハザマ建設に鉄筋で造ってくれという条件付きで受注をしたところ、ハザマは88階の高層ビルは鉄筋では不可能だからと断りました。そこでマレーシアの国王が私が責任を取るからということで、再度建築依頼をし決定を見ました。マレーシアは地震が無い国ですからこのようなタワーの実現を見たのです。海側から吹いてくる強風による振動を防ぐために、既存の柔構造を採用しなかった点が構造的特徴となっています。軽量のコンクリートを積み上げる方式をとり、この種の構造物としては重厚な造りになっています。これらの困難を克服しながら建設が進む途中で、韓国が割り込んできました。韓国業者の強引なやり口で、二塔に連なるこのタワー建設を別々の国の別々の業者が一塔づつ受け持つという前代未聞の発注とさせました。建築過程でも日本側のタワー設計図を韓国側が、共同工事なのだからと言う理由で勝手に持ち出し勝手にコピーしそれを下図に韓国側の塔を建てたのです。結果、日本のハザマがタワー1を、韓国のサムスン物産建設部門がタワー2を、それぞれ建設したのです。なお、41階と42階の二箇所に設けられた2本のタワーを結ぶ連絡橋(スカイブリッジ)は、フランスの建築会社による施工です。二塔から連なるペトロナスタワーが完成したわけですが、現在日本側のタワーのテナントが埋まっているのに対し、韓国側のタワーではテナントが殆ど埋まらない状況が続いています。韓国が建てたタワー2が、完成当初より約0.8cm傾いていることが国立マレーシア大学建築研究チームの調べでわかったのです。同研究チームの責任者の話によると0.8cm傾いていたからといって、このまま進むと倒れるということはないそうですが、最大で4.5cmまで傾くのではないかと予想しています。実際、傾斜角度が徐々に危険状態になっていると言う報告(土台工事の手抜きなどにより韓国側の塔が傾き始めている)もあり、韓国側施工棟は完成当初からテナントの入居が少なく今回の調査の判明により更に拍車がかかったのです。韓国塔は電気の配線工事がずさんだったためと、テナントがほとんど埋まっていないため、タワー2(韓国側)には電気のついていない部屋が多く、ペトロナスタワーは[昼は2本、 夜は1本]とも言われています」話し終わった頃ツインタワー前にバスが止まった。下車して、撮影スポットまで移動した。広い道路の手前からシャッターを押したが、ツインタワーが大きすぎて、私のカメラでも全景は写せなかった。午後10時を過ぎているせいかハザマ塔も韓国塔と同じぐらいしか電気は点いていなかった。如何せん蒸し暑く、気温は32度もある。此処からホテルまで約30分かかる。
「今夜お泊まりになるホテルはヒルトンです。五つ星です。お部屋のクーラーはお休みになるときは切ったほうがいいです。ホテル全体が22度に設定されています。備え付けのペットボトルの水はサービスです。テレビの2チャンネルでNHKの衛星放送を御覧になれます。2連泊しますから明日の朝は荷物はそのままで結構ですが、スーツケースの鍵は忘れないで架けて下さい。カードを差し込む電源ボックスの下段左のスイッチは押さないで下さい。これを押しますと、ドアの外に赤いランプが付きます。するとお部屋の掃除はNOと言う表示ですから、明日外出しているときお部屋の掃除はしてくれません。そうなると、新しいタオルや洗面セットも交換してくれません。お部屋のカードを受け取ったら、銘々御自分で荷物を持ってお部屋にお越し下さい。フロントはL階です。いつものように20分間ロビーでお待ちしておりますから、お部屋の不都合がありましたらおっしゃって下さい。明日の朝の朝食はバイキングです。6時30分から開いています。部屋番号を言えば入れます。ヒルトンの朝食は豪華ですよ。日本食には味噌汁があります。中国料理、西洋料理の他、果物・ケーキ・デザート類が揃っています。紅茶とコーヒーはウエイターに申しつけて下さい。明日の出発は9時30分です。10分前にロビーへお集まり下さい。スーツケースはお部屋に置いといて下さい。お部屋の鍵ですが、連泊ですので明日朝はフロントに預けず各自でお持ち頂きます。ホテルに着いてからのお買い物ですが、ヒルトンの道路の向かい側に[K]と言う24時間営業のコンビニがあります。そこで何でも売っています」
部屋にスーツケースを置くとKさんとコンビニへ向かった。換金した1万円はすっかり無くなってしまったので、取り敢えず5,000円を追加で換金しておいた。Kさんは350ml缶ビールを1本(6RM・210円)、私は500ml缶2本(1本8RM・280円)とレッドワインのボトルを1本(65RM・2,275円)を買った。部屋に戻ってシャワーを浴びた。黄の言うように高級ホテルにはバスタブが付いてなかった。Kさんがシャワーを浴びて、バスローブを着て登場した。クーラーが効いているので、起きている間はバスローブを着て丁度よい。建て替えて頂いたOPツアーの代金を精算し、一日の反省をしながら、ビールとワイン半分を頂いた。