11月22日(土曜日)・第2日目
22日の朝6時にドアノックがあった。サンパン氏が、朝市を見に行きましょうというのである。私もすでに起きていたから、一緒にホテルの玄関を出た。
そこでサンパンの奥さんが、椅子を並べテーブルにし、上に[たらいや竹籠]を置き、その中にビニールに詰まった食べ物を沢山並べて、余所の御婦人二人と、托鉢にやってくるお坊さんに手渡しし、一人一人に手を合わせていた。

昔は配る側もおはちの米を手で掴んで、お坊さんの手持ちの鉢に入れていたものだったが、時代は変わったなあと思った。
ビニール袋に詰めたものであれば、味の違った御馳走がごちゃ混ぜになる心配はない。
良く絵はがきなんかで見たお坊さんの托鉢行列はここでは見られなかった。
まだ日が昇らない暗闇の中で、電灯を照らした屋台が市場の周りに出ていた。市場の中の店でも、ありとあらゆる食材を並べて商いをしている。こんなに朝早くから沢山の人がここに集まって来ているが、それだけの訳があるのだろうか?

市場の脇の道路に机を出しているちょっとした食堂があった。ウエー! こんな汚い所で食べるのか? だが、タイ人はどこの店が旨いか知っているのだ。
お粥かうどんをちょこっと食べて、象祭り会場へ出発である。
一昨年の会場とは異なり、今年から県立のサッカー場を会場にしたという。正面チケット売り場で車を降りた。サンパン氏が血相を変えて歩き出した。何事かと思ったが、奥さんと一緒に後を追った。反対側の入り口のチケット売り場へ急行したのだった。800THB(2,400円)の特等席は売り切れだったので、500THB(1,500円)の一等席を買うために急いだのだった。
何とか3枚のチケットが買えてほっとした様子だった。パンフレットがチケットで、入場時にパンフレットの端を破いてもぎりを済ませた事になるらしい。500ml入りのペットボトルを1本くれた。
開演まで1時間近くある。席は指定されていないから、早い者勝ちで好きな所へ陣取れば良い。
前から2段目の席を取ったが、コンクリートが階段状になっているだけだ、こんなので500THBは高いと思った。
奥さんに断って、立ち入り禁止のフィールドの中を歩き、設営された入場門の後ろ側に出かけた。
ショーへ出場する象たちが待機している筈なのでスナップを撮っておこうという訳である。
いるいる、いるいるそれぞれの象が、象使いに身体を掃除してもらったり、サトウキビを食べたりしている。
カメラを持った外国人も数人いて、恐る恐るシャッターを押している。私は象使いが居れば象が大人しいのを知っているから、1m近くまで寄ってシャッターを押した。
インド象はアフリカ象より小さいと言われているが、どうしてどうして、タイの象の中にも体高3m、体重5トンを超えるでっかいのも結構いる。


大きな図体をごろんと横たえて、象使いが身体の泥を落としてくれるのをじっと耐えているのや、頭の上からバケツで水を掛けてもらっているのもいる。
長旅を続けて、やっと会場に着いた象もいた。
象は旅をする時は自分の食べる食料を自分で運んでくるのである。大人のゾウは、1日200kgをこす餌を食べ、190リットルの水をのむと言われている。
会場に着いた象も、象使いを背中に乗せ、長さ3mもあるサトウキビの束(60kg位か)を数束背中に乗せ、一束は鼻で抱えて入場してきた。
私が訪れたゲート裏には50頭ほどの象しかいなかった。200頭以上の象が集まっているのは反対側のゲート裏のようだった。
それでも、最近生まれたばかりの赤ちゃん象が4頭、お母さん象と出番を待っていた。
アフリカ象の場合メスは、15歳か16歳になると、群れの中の雄どうしの闘いに勝った雄とペアをつくる。ペアができると、数週間群れをはなれることが多いそうだ。
妊娠期間は21~22カ月。1度に1頭の子を生む。子象は生まれてから数時間で群れについていけるようになる。子は、ゾウをねらう数少ない捕食動物、ヒョウやトラのかっこうの標的になるからで、子は生後5年近く、母親の前肢のすぐ後ろにある乳房から乳をのむ。雌は一生のうちに5~12頭の子をうむ。家畜化されたインド象は、今では人の助けを借りて繁殖をしているようだ。
一番小さい象は2週間前に生まれたばかりで、2ヶ月以内に生まれた赤ちゃん象が4頭、象祭りの主催者からお祝いを受ける事になっている。

赤ちゃん象の仕草はとても可愛い。長いサトウキビを小さな鼻で掴み、それをどうしたらいいのか判らず、いっちょまえに大人の象の真似をするのである。
30分も象の撮影をし、席に戻ったら、サンパン氏が偉い剣幕で
「何処へ行ってましたか? 私は随分探しましたよ。心配しました」と言う。
「彼処のゲート裏で象を写してきました。奥さんに断っていったんですよ」
私がちょこちょこ動くのが心配でたまらないらしい。迷子になったら探しようがないのだ。
午前8時40分に第48回象祭りのセレモニーが始まった。
ブラスバンドを先頭に、赤ちゃん象を連れた4頭のお母さん象が入場してきた。ロイヤルボックスの前に並んで、お偉いさんの演説を聴かされ、バナナや果物などの御褒美を貰う表彰を受け、大きな会場内を一周して退場した。
パスポートを預けると、日本語の解説が聴けるイヤホーンを無料で貸してくれる。場内の説明はタイ語なので、取り敢えず借りてきた。その解説から
【 タイにおいて象(チャーン)は、多くの人々に崇められ、大切にされている動物です。子象が生まれる確率は低いので、大変珍重されている。昔、戦争の時に王を乗せて先頭で戦う動物が象でした。勇気と誇りの象徴とされてきたのです。実は1917年までタイの国旗は、赤地に白い象(プアック)がデザインされていました。また、林業などにおいて、象は貴重な労働力として活躍しています。その他、観光などにも大活躍です。象はタイの人々の生活に非常に密接した動物なのです。タイ王国の形は、象の頭に似ています。それを、タイの人々は誇りに思っているといいます 】
と言うような事を聞けたが、後は聞き取る事が出来なかった。

次にこの象祭りで一番大きな象か? 背中に絹の刺繍をした大布を掛け、頭にも飾りを付け、2mもあろう長い牙にもペインティング、正装した男性を首の付け根に乗せている。左右に従者を従え、後ろからは王の象徴を示す丸い飾りを掲げて、会場内を左から右へゆったりと闊歩していった。
次は大舞踊団のダンスが始まった。仏教国の儀式がダンスの中で執り行われ、会場中央を仏陀の山車が行進した。
500THBの私の席には太陽光がまともに照り付ける。どのショーを写すのにも逆光である。良い写真は望めない。セレモニーの内容は、一昨年と殆ど同じだった。
そしていよいよ256頭の象が入場してきた。一昨年前にも同じような光景を見たが、その時は順光で写せたし、象の数も300頭と多かったから、二番煎じのせいもあってか、余り感動はしなかった。


子象がそれぞれパフォーマンスを披露する。Tシャツに鼻で筆を持ち絵らしきものを描き、出来上がると希望者に直売していた(800THB・2,400円)。フラフープをする子象、風船割りをする子象など、一昨年と全く同じ内容のショーであった。
一頭の象に子供が50人程いたろうか? 綱引きが始まった。圧倒的に象が強かった。
その後は大人が飛び入りで象に挑戦、やはり50人ほどで挑んだが、全員こけてしまった。
再び大舞踊団がダンスを繰り広げた後、象のサッカーが始まった。青と赤のゼッケン番号付きユニホームを着て試合開始、大きなイエローカードやレッドカードも用意され、決着が付かずPK戦となった。青組がゴールを決めて終了。
最後が戦争絵巻である。砲弾の音に煙幕が会場を包み、完全武装した騎象軍が行き交う。


11時にセレモニーは終了した。会場を出ると、運転手に携帯電話をし、車と人がごった返す道からようやく脱出した。
車は何処へ向かっているのか判らない。
「街の中で象が人々とふれあっている様子を撮りたい。もう一泊したいと思うのだが・・・・。」サンパン氏に言うと
「判りました。昨日のホテルはお湯が出なかったので、今夜は別のホテルに泊まりましょう」と答える。
車は100kmの速度でひた走る。
「昼食を食べましょう。ここはワニの肉が有名です」
「ワニなら一度アフリカで食べた事があります」サンパン氏の奥さんは肩をすくめて、ぶるぶると震えるしぐさ。
「ほう。そうですか。ところで鈴木さん、象の学校をみたいですか?」
「せっかくここまで来たのだから是非見たい。でも象祭りでみんなスリンへ行っちゃったのではないですか?」
[ショーをやる所だから、たぶん残っているでしょう?」
昼食をゆっくり食べた後、車は又走り出した。スリンから60kmの所に象の調教所があった。閑散としていて人の気配がない。ゲートに切符を売る人も居ない。
中へ入ってみたが、大きな屋根だけの小屋の、2本の柱に飛び切り大きな象がクサリで歩けないように繋がれていた。体高3m以上はあろう牙も2mはある、首を振ってサトウキビをねだっている。

サンパン氏の奥さんが、小屋の脇に積んであるサトウキビ(実は売り物)を何本も投げてあげていた。私が見ても、自由を奪われた巨象が哀れに映った。何で縛り付けておくのだろう? サンパン氏の奥さんは敬虔な仏教徒だけに、不憫に思ったのだろう、何か象に語りかけながらサトウキビを投げ続けていた。
私が想像したとおり、ここの象はスリンの祭りに全員連れ出されてしまったのだった。
車は又走り続ける。奥さんは車に乗ると、ラジオのダイヤルをいじくり、首相官邸前の座り込み情報を聴こうと賢明であるが、波長が合わずラジオは聞き取れなかった。
夕暮れになってきた。
「バンコクへ向かっているの?」
「はい。明日は首相官邸前に行きますよ。友達が待っています」と言うのである。
一昨年の時も、スリンの街中の光景を撮らないままバンコクへ帰ってきてしまった。今回は、象祭りのセレモニーより、街の中を闊歩する象の有様を取材しに来たのに、私の気持ちは伝わらなかった。 もう一泊したいという希望も、無視されてしまったようだ。
サンパン氏と奥さんの気持ちは、99%首相官邸前の座り込みに向いていて、居ても立ってもいられないのだった。サンパン夫婦の話しぶりから、どうやら今日と明日に大動員の呼びかけが掛かっているようで、政府高官の不正を糾弾すべく、国の民主化を求めるサンパン夫妻の闘志が漲っていたのだった。