第6日目・9月28日(火曜日)
〈秋のカナダ・美しき三彩めぐり〉の三つ目のお目当て[カナディアンロッキー]観光のホテル出発は午前8時だった。
出発前に現地の女性ガイド・フジノさんとビデオ映画男性カメラマン・長沢君が同乗した。
ドライバーは日本人を妻に持つマットさんである。(奥様が喜ぶだろうと、チップ代わりに日本からつまみに持ってきた[鬼がしら]と言う堅焼きの煎餅をそっと渡しておいた)
《 北米山脈を縦断するロッキー山脈は、北へ行くほど険しさを増し美しくなると言われている。3,000m級の岩山が連なる広大なる山脈全体が、地質的にさまざまな構造をもっている。急峻な山があるかと思えば平坦な高原が広がる。
山脈は比較的新しく、白亜紀(1億3800~6500年前・白亜とはチョーク石灰岩質の意味)後期から第三紀にかけて隆起したもので、更新世の氷河期に氷食をうけ万年雪や氷河をもつ山もある。降水量は冬季に多い。
斜面には新緑色の針葉樹などの森林が広がり、エメラルド色の湖が宝石のように点在している。
山麓では草地が主となる。高地は高山植物帯で、山頂部は植生が少なく、動物たちが国の保護を受け此処に息づいている。
カナディアン・ロッキーはアルバータ州南西部からはじまる比較的幅の狭い山脈で、ブリティッシュコロンビア州北東部のリアード川低地で終わっている。バンフ、ジャスパー、クートネー、ウォータートン・レークス、ヨーホー国立公園があり、高峰としてはロブソン山(3,954m)、コロンビア山(3,747m)、ツインズ山(3,734m)が有名である 》
我々のカナディアンロッキー観光は、この内のバンフ国立公園の主に湖を巡りで、フィニッシュに[コロンビア大氷河]上に立つ観光である。
ホテルを出るとガイドさんからカナディアンロッキー概略の長い説明と、ビデオカメラマンのコマーシャルがあった。
[カナディアンロッキーズ・ビデオ]会社はNHKの[世界自然遺産シリーズ]を依頼されたこともある世界に支店網を持つ会社だという。
長沢君はその会社のカメラマンで、今日一日の我々ツアー観光に随行し、我々の観光の様子をビデオに撮り、『15,000円で販売するから、御希望の方は申し出てくれれば、その方を沢山取り込んで撮影いたします』と言う。
バスは北に向かってバンフ国立公園《 カナダ、アルバータ州西部にある国立公園で1885年指定された。面積は6,641㎢カナダ最古の国立公園である。ロッキー山脈に位置し、壮観な山岳風景で知られる。公園内には、氷河、温泉のほか、ルイーズ湖をはじめとする多数の湖があり、壮大な景観をみせている。ヘラジカ、ピューマ、オオツノヒツジなどの野生動物や野鳥も多く生息する。その中央部を[トランス・カナダ・ハイウエイ]と北側のジャスパーに通じる[アイスフィールド・パークウエイ(氷河ハイウエイ)]の他、公園内にはカナダ横断鉄道のフィールド駅やバンフ駅があるなど交通の便がよく、宿泊施設も充実しているため、1年を通じて多くの観光客がおとずれている 》へと入って行く。
現地ガイドのフジノさんからカナディアンロッキー観光での3つの約束(①ゴミを捨てない ②動物たちに餌をあげない ③国立公園内では植物や石等を持ち出さない)を言い渡された。
私達が着いた27日前の数日と今日28日は、この時期としては大変暖かなのだとガイドは説明する。
[インデアン・サマー](夏の戻りとも言う)と現地では言うそうだが、本格的な寒さを前にして1週間ほど陽気が暖かになるのである。(そうであっても早朝なので身支度は冬山支度である)
一週間前には初雪があって、カナディアンロッキーの山々は上の方にほんの少しだけ雪化粧をしていた。剥き出しのごつい岩肌と競合し、その初々しさがとても新鮮で美しい。

ホテルを出発してから最初に訪れたのは[モレイン湖]である。
ジャンクションから[ルイーズ湖」へ登っていく山道を左に折れ10km進むと厳しくそそり立つ岩峰群が迫ってくる。これがモレイン湖を囲む[テン・ピークス]と呼ばれる山々である。
紺碧の空と真新しい雪とエメラルドグリーンの湖が見事なコントラストを醸しだし、風邪もない静かな湖面にくっきり水鏡となって映っている。(この景色はカナダの旧20$札となった)
ちょっと小高い丘を登るとこの絶景がより美しく眺められるので、我々は一番乗りで駆け登ったのだが、カメラマンの長沢君はその我々を待ち構えていたのである。
商売熱心そのものだが、さすがプロカメラマンだ、しっかり被写体をキャッチしているのには兜を脱いだ。(敬意を表してビデオを買うことにした)
湖尻は岩の推積が自然の堤防となっていて、これがモレイン(氷河によって運ばれた推積物と言う意味)名の由来になっている。が実際には南岸の岩壁が崩れ氷河で押し出された物なので、正確にはモレインではない。
氷河から流れ出た大量のモレインが谷を塞ぎこの湖は誕生した。太陽の光の受け方によって千変万化するその青々とした色は、氷河の雪解け水に含まれる微細な(石灰石が粉々になった)沈殿物が太陽光線を屈折して生まれるのである。
私達は早い時間にここを訪れたおかげで、柔らかな太陽光線が湖面をより深みのあるエメラルドグリーンに変幻させている眺望に巡り会えたのである。
[トランス・カナダ・ハイウェー]に戻ると、黄金色にお化粧したカラマツ林の頭上に3,000m級の冠雪した、ごつごつ岩の山々や氷河を間近にみることができる。
ハイウエイはボウ峠の最高地点が2,070mの山岳道路であるから、この高地では楓は生息せず、黄葉しているのはカラマツばかりである。
カラマツ林のカナディアンロッキーでの高木限界《 樹木が直立して生育することができなくなる限界線のことで、樹木限界ともよばれる。高山帯、寒帯、極地などの高木限界のほかに、砂漠、海岸、湿地でも高木限界はある 》は標高2,500~2,600m位だと言われている。その高さまでしか生えていない。それ以上は全くの岩だけしかない禿げ山である。
ジョンストン渓谷を過ぎると右側に、ロッキーを代表する岩山(茶色の岩肌で西洋の城のような姿にも見える)[キャッスル山]が悠然と紺碧の空に頂を向けている。

バスは停車してくれないので、その荒々しいごつごつしたキャッスル山をガイドの説明を聞きながら目に焼き付けた。
帰りにもこのキャッスル山を逆方向から見上げたが、まるで違った山に見えたのが不思議だった。
[レイク・ルイーズ(ルイーズ湖)]はカナダのアルバータ州南西部、カナディアン・ロッキー東麓(とうろく)に広がるバンフ国立公園内で、景観のうつくしさで屈指の山湖と賞賛されている。
先住民のストーニー族によって小さな魚の湖と呼ばれていたのを、1882年8月カナダ太平洋鉄道の側線探査に雇われていた測量隊の馬方トム・ウイルソンが、ストーニー族のガイドエドウィン・ハンターと共にこの地に来て湖を発見した。
当初[エメラルド湖]と命名したが、2年後ビクトリア女王の娘ルイーズ・カロライン・アルバーター王女にちなみ[ルイーズ湖]と呼ばれるようになった。

湖面を取り巻く深い新緑樹に混じってカラマツが黄葉している。
吸い込まれるような不思議な緑色の湖水の頭上には源泉の、雄大な[ビクトリア氷河]が今にも押し出してくる迫力で立ちふさがる。
湖畔には半周できるハイキングコースあり、カヌーで湖に漕ぎ出すこともできる。(湖の長さは約4.2km、水深は深いところで90mもある)
湖面の色が神秘的に変化するエメラルドグリーンなのは、氷河が地表から削り取った石灰石の細かい泥が湖に溶け込んでいて、太陽光線の角度によって変化するからで、風のない静かな午前中なら[ビクトリア山(3,464m)」が水鏡にくっきり逆さまに映るのである。
「ルイーズ湖」はロッキー観光のハイライトの一つである。
バンフ国立公園とジャスパー国立公園を貫くハイウエイ93ルート(アイスフィールド・パークウエイ)をさらに北上すると、鮮やかなダークグリーンに輝く氷河湖[ヘクター湖]がカラマツ林の間から見えてきて、やがて巨大な鳥の足のような真っ白い氷河が岩肌から現れてくる。
[クロウフット氷河]はその名の通り、かつては山の斜面にカラスの足を思わせる3本の氷河が押し出していた。

ところが1920年一番下の爪が落ちて消滅してしまったため今では2本の爪になってしまったのである。
うっすらと新雪に覆われた岩山の下に、柔らかな早朝の日差しを浴びた新雪で真っ白に輝く大氷河、その下に新緑樹の林、そして深みのある緑色の湖と、それらが重なった凛々しく美しい景色が目の前にある。
クロウフット氷河は毎年おびただしい積雪に見舞われ、その雪が積み重なって氷河を形成しているのだ。
憧れのカナディアンロッキーに来た甲斐があった、それも一番綺麗に見える時にである。
さらに93ルートを北上してゆくとハイウエイの直ぐ真下に[ボウ湖]がある。

ボウ氷河から流れ出し溶けた水でできた湖である。広々した湖水の真向かいに氷河を戴いた険しい岩山が聳え立つ。
その勇姿がすっぽりエメラルドグリーンのボウ湖に水鏡となって映し出されていた。
行く先々で得も言われぬ夢のような景観をたっぷり観賞できるなんて、将にこれを“命の洗濯”というのだろうと思った。
ボウ湖の直ぐ先にある峠は[アイスフィールド・パークウエイ]の最高地点2,070mである。
峠の頂上駐車場からハイウエイを見下ろすと、両脇をロッキー(岩山)に包み込まれ幾つもの湖が点在し、カラマツ林が延々と続く真ん中を、ハイウエイがくねくねと降り延びている。
バンフやジャスパーなんかより気温が低く、夏でも肌寒い程だ。ペイト湖を見下ろす展望台はバス駐車場のすぐ前にある。
[ペイト湖]は湖水の色が時間帯や天候によって微妙に変化する。
ボウ峠展望台から見下ろす形になるので、湖畔から眺める他の湖とは視点の違った眺望になる。

[ビル・ペイト]の名に因んで付けられたペイト湖は灰色熊が腹ばいになっているような格好をしている瑠璃色の湖で、周囲の山脈が逆光を受ける時間帯と、朝日を正面から受け山々がひときわ引き締まって映える早朝には(ここも)美しい水鏡となる。
今朝の湖めぐり観光は、どの湖の何処を切り抜いても印象深い素敵な“絵”の世界めぐりだった。
湖水めぐりを終えて今ツアーの最後のハイライト、[氷河の上散策]に向かう途中、ハイウエイ脇を移動する[オジロシカ(尾の内側が白い)]の集団に出くわせた。
運転手のマットさんがゆっくり走行してくれたので、バスの中から大歓声が起こった。もちろんカメラマンの長沢君の出番で、白昼野生の動物の集団に遭遇できるのは滅多にないことなのだそうである。
[コロンビア大氷原]アイスフィールド・パークウエイを中程まで行ったところに[コロンビア・アイスフィールド]がある。
バンフ国立公園とジャスパー国立公園の境に近い。
およそ325㎢に広がるこの大氷河は、アサバスカ山・スタットフィールド山・キッチーナー山の頂上を覆っており、ここから10あまりの氷河が流れ出している。その中でも[サスカチュワン氷河]は最大で、我々が氷河の上を歩けるのは二番目に大きい[アサバスカ氷河]である。
ハイウエイの駐車場でバスを降り、アイスフィールド・シャレー会社の専用バスに乗り換える。


そこから[スノーコーチ(雪上車・直径160cm・1本50万円のタイヤを6本付けている)]に乗り換えて、(片道約2.5km)林道から斜度18度の急坂を下って氷河の上に出る。
タイヤも大きいがその上に車体と座席があるので、その位置から見る急坂は身震いするほどの斜度に映る。
沢山の人達がこの[スノーコーチ]で観光をしてきているのだから大丈夫だとは思うけど、恐慌感は否めない。
このスノーコーチは坂を下るときにもアクセルを踏み込まないと走行できないように設計されている。(フェールセーフを優先している)
実際に氷河の上を歩くことを可能にしたアイスフィールド・シャレーは、ハイウエイ開通後、観光客目当てに1939年に建設された。
スノーコーチを動かせるシーズンは4月中旬から10月中旬までで、それ以降は雪に阻まれて閉鎖されてしまう。
現在の(氷河を痛めないよう)ゴムタイヤに改良されたスノーコーチは三代目の雪上車で、乗降所の脇には前後二つに分かれた[キャタビラ]で動く二代目の雪上車が置いてあった。
氷の上に降り立ってみると氷の表面は思ったより柔らかなシャーベットふうで、滑らないよう靴底を平らに付けてゆっくり歩けば何でもなく歩ける。


氷河には幾筋もの割れ目が走っていて、溶けた清水が勢いよく流れていた。呑むこともできる。(ペットボトルに入れて持ち帰っても良いが、2日以内に呑まないと水は腐ってしまう)
調子に乗って奥の方へも行けるが(10分程度で氷河の末端まで行ける)、アサバスカ氷河の底知れぬ深さのクレパスに転落の恐れもあり危険(実際に死亡事故も発生している)だ。
目の前には、所によっては厚さ300mを超すという真っ白な氷河が立ちはだかっている。
ビデオカメラマンが腕の見せどころで、購入予約をしたツアー客をアップにしてカメラを回していた。
暖かいとはいえ風が吹き始めると、即氷河に冷やされた風となるので、キルティングのフードが役に立つ。
氷河の上は沢山の観光客が右往左往していても埃が立たないので、空気はめちゃ旨かった。
一度は来たいと思っていたスケールの雄大な[カナディアンロッキー]観光は見るところ全てに感動と興奮を与えてくれた。本当に訪れて善かったと思っている。
その国その国の素晴らしい景観があって、(自分が健康であるならば)それらの自然の中に身を委ね、酔い知れて、充実した時間に恵まれた事に感謝したい。

充分に満足した景観を逆に見ながらバスはバンフのダウンタウンへと戻ってきた。
駐車場から列を作ってメインストリートのバンフ通りへ来ると、ショッピングモールが数カ所ある。
ツアー客のショッピングのための時間を取ってくれたというのだ。此処でも大橋巨泉の[OKショップ]へ案内された。

バンフを訪れた日本人客全員がこの店に案内されてくるので、店内は日本人でごった返している。
アルバーター州は石油が取れる裕福な州なので、州の消費税がない。国税だけの8%だけだし田舎地方で物価も安いから、ナイアガラの店で買うより物によっては半値ぐらいのもあった。
店員は日本語の話せる日本人だし、残ったカナダドルを全部使い切り、残りは日本円でもカードでも買い物が出来るので、デパートのバーゲンセール会場にいるような賑やかさである。
お土産屋は数件並んであるのだが、カナダ人が経営する他の店は閑古鳥が鳴いていた。
ガイドの小旗の後に駐車場へ行き来する団体客は日本人ばかり、街全体が[City Jacking]されたみたいで、日本にいるより日本人の目立つ街だった。
私は街を包み込む[カスケード山]を背景に、黄金色に黄葉した楓に抱き込まれたバンフをカメラに納め、7日間のロマンの幕を閉じることにした。
